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| ◆旅のメニュー◆ ・はじめに ・2001USA出張記の行程 15.Apr ・ついに日本を出発 ・ニューヨークに無事着いたヨ! ・お待ちかね初夜?の行動 16.Apr ・ニューヨークでの初仕事 ・夜の活動(第2夜) 17.Apr ・自由の女神 ・エンパイヤ ステートビル ・メッツの新庄を見てきました 18.Apr ・アムトラックでフィラデルフィアへ ・Jazzの聖地BlueNoteへ 9.Apr ・サンフランシスコヘ |
20.Apr ・今日は仕事です! 21.Apr ・サンフランシスコの朝市 ・アルカトラス島へ ・日本人街へ 22.Apr ・ラスベガスへ 23.Apr・ ・仕事仕事! 24.Apr ・昼は真面目に夜は?? 25.APR ・不覚!ラスベガス最終日 26-27.Apr ・ラスベガスから日本へ |
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| ◇ニューヨークに無事着いたヨ!(15.Apr)◇ ふうっ!JFK空港到着。毎度なのだがアメリカ本土やヨーロッパに行くのは何時間掛かるのでしたっけ?10時間以上?よくみんな我慢できますね?せまいシートで食っちゃ寝、食っちゃ寝....。今回も辛かった...。宇宙戦艦ヤマトのようにワープ...無理か!。てなことをことを考えながらバスで市内へでも今回は2回目ということもあってアメリカってすごーい!\(◎∠◎)/オウ〜ビックリデース!という感動はなかった。 気候は4月だというのに寒いのでした!どうしよう上着持ってこなかった...。現地時間はまだ15日のお昼ちょっと過ぎ、早朝から起きているのに....一日の長いこと....。ホテルにチェックインはまだ早すぎるということで、マンハッタン島の南の端にあるロウア−マンハッタン近辺を観光することになった。昼食はまだでーす!ということでブルックリン橋という有名な橋の見えるショップングモールPia17へ案内された。日曜日ということで休日のニューヨーカーで結構な人ごみであった。飛行機のなかで全然動いていなかったのでそんなにお腹がすいているわけではないのですが....。でもツアーのみんなが食べているので食べちゃおっと!( ̄〜 ̄) モグモグ...といってもファーストフードしかありませんでしたが!集合時間まで間があるのでみんなでシャッターの押しっことなった。さすが日本人の団体旅行! その後マンハッタン島の最南端にあるバッテリーパークへ行きはるかかなたに見える自由の女神をバックにまた記念のチーズ!(飛行機の長旅でヒゲが少し..(/。\)イヤン!ハズカシイ.。) |
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| Pia17からブルックリン橋を望む バッテリーパークから自由の女神を望む | ||||||||
| 15.apr.2001 | ||||||||
| ◇お待ちかね初夜?の行動(15.Apr)◇ 旅に出る前、ニューヨークお楽しみ夜間行動は何をしようかと考えた、「1番、本場のJAZZを聞くこと。」「2番、大リーグの野球を観ること。」この2つとした。 まず野球は会社のニューヨークに滞在しているNくんにメールで依頼し、17日のメッツ対エキスポズのチケットを購入しておいてもらった。彼の仕事場は実は作者の泊まるヒルトンホテルのすぐ横のビルということで、ホテルのロビーで会って代金と引き換えにチケットをもらっておいた。(あー到着直後なのに忙しい...!) 多忙はまだまだ続く!作者はなんと休む暇もなく、初日より今回のツアーのオプションを設定するという暴挙に出たのである。ツアーのタイトルは「ニューヨークJAZZナイト」(代金は金壱萬円也...ちょっとお高め..!その料金設定は3日後の18日に化けの皮が剥がされるのである..イヒヒ!...。) ホテルのロビーでお迎えガイドさん(日本人)と合流、ガイドさんの運転でまずはディナー...。といっても1人、他の日本人客もいない。 (T-T) グスッ..。ホテルから車で15分程度の距離にあるレストラン(いきなり作者1人だけだったので緊張して店の名前は忘れました。)に案内され、豪華?料理は前菜、スープに始まりメインは蟹..!でも茹でただけの大胆な味!日本で¥4〜5,000−ぐらいの料理といったところかな?でもアメリガだったら食べ物の物価はもっと安いので...。ちょっとがっかり! o(@.@)o なんじゃこりゃ! 食事も済ませビールも飲み干してちょっと手持ち無沙汰になってきたが会話する相手もいない。しょうがないので持っていたツアーのしおりを何度も熟読(読むところはほとんどありませんが)してなんとか時間をつぶしてやっとガイドさんがやってきてくれた。(助かったー。)車に乗り込み、今度はライブのみのツアーのお客さんを迎えに行くということで市内のホテルを3箇所ほどグルグル、全部でお客は8人ぐらいになり、一安心。(でもライブのみのツアーがあるのだったら、作者もそっちにしておけば良かったと後悔!。ちぇっ(-。 -; ) )最後にお迎えに行ったホテルからさらに10分ぐらい移動。そこはニューヨークでは2番目に有名(と地球の歩き方に書いてありました)スィート バジルというJAZZクラブでした。本日の出し物はBeatl Jazzというコンボ編成のグループで、ビートルズの曲を4ビートにアレンジして演奏していましたが..(お店の人に内緒でハンディカムのRecを押して30分ぐらい録音しました。)しかし、いまいち何か乗り切れない感じがして、でもその時はなぜなのかは判りませんでした。その答えは3日後の18日の夜に判るのでした。その夜はちょっと不完全燃焼のまま、ホテルに11:30頃帰って部屋の冷蔵庫に入っている高価な?ビールを飲んで寝ることにしました。....でも時差ボケで3時ぐらいには目が覚めてしまうのでした。 |
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| Sweet Basil 15.apr.2001 |
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| ◇ニューヨークでの初仕事(16.Apr)◇ ちょっと欲求不満気味の夜は明け翌16日、仕事の時間がやってきた。(T_T) (_ _)(-.-)(~O~)ふぁ〜(~O~)(-.-)ねむねむ〜い、午前中はコロンビア大学でセミナー、その内容は会社に提出したレポートに譲るとして、やっぱりここでも記念撮影パチッ!午後は某企業へ会社訪問。 |
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| Colombia Uiversity 16.apr.2001 |
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| ◇夜の活動(第2夜 16.Apr)◇ ニューヨーク2日目の夜は17日の野球のチケットを購入してもらったニューヨーカーN君と一緒に夕食を取ることとなった。N君は作者が訪問する1週間前からニューヨークに渡ったばかり、実はまだまだ新米若葉マークのニューヨーカーだった。彼お勧めの近所にあるCircoというイタメシ屋さんでワインをボトルで目一杯飲んでよい気分...(*~ρ~)プハァ〜!! よっちゃった。さあお会計!になったN君にはいろいろお世話になっているので支払いは作者が!でもN君、レシートを見るなり、うーん!`s(・'・;) エートォ...「Hiranoさん!この合計金額にチップをこのぐらい足して...。('';)ウーン、半端はカッコ悪いので切のいいところで...$**.*ですね!。」とカッコ良く言った。さすがニューヨーカー違うネ!チップの習慣に慣れていない作者は支払いを済ませた。彼に近所のコンビにを教えてもらい、ビールとつまみとひげ剃り用のかみそりを一杯買い込み、((これで部屋の冷蔵庫高級ビールとはお別れ!かみそりも部屋に備え付けてなかったので...高級ホテルなのに!今後の分を買いだめ!)彼に丁重にお礼をして別れた。オヤスミ! ホテルに帰って先ほどのレシートを良く見ると、なーんとビックリ!(゚◇゚)~ガーン。チップは請求合計金額に含まれているとの記載が.....。新米ニューヨーカーにヤラレタ....! 「まぁいいか!N君にはお世話になっているし、授業料、授業料」と自分をなぐさめたが、まだ時差ボケもあり、その夜はビールをたくさん飲んでも眠れなかった。(^▽^笑) |
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| ◇自由の女神(17.Apr)◇ 例のごとく真夜中の3時ごろ目が覚め、5時には完全に起床した。今日は一日自由行動ということで、まず自由の女神を”見に”行くこととした。初日空港から案内してくれたガイドさんの話によるとサウス フェリー乗り場からの始発の船に乗ると自由の女神の冠部分に登れる整理券をもらえるという話を思い出し早朝、地下鉄でバッテリー パークへ行くこととした。地下鉄の切符は今日一日遊べるように一日券(カード)を購入し、改札機を通ろうとするが通れませーん。^_^; 3回ぐらい繰り返してもダメなので近くの有人切符売りの窓口にいって事情を説明するがカードは正常とのこと。良くカードを見てみるとカードには挿入する方向が決められているようでそれでNGだったのでした。気を取り直して再度改札機を....。今度はOK!ニューヨークの地下鉄は数年前までは非常に治安が悪かったのだが、ジュリアーノという人が新しく市長となり規制などを強化し、治安が非常に良くなったそうである。よほどのことでない限り危険はないとのことであるが用心にこしたことない。気を付けよっと! |
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| 購入したメトロカード(一日乗車券) | ||||||||
| New York Subway 17.apr.2001 |
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| 4月の平日なので、自由の女神に行く人はそんなにいないだろうと思っていたのだが...、早くホテルを出てよかった。なんと乗り場には100人以上の人がリバティ アイランド行き8:30発の始発フェリー(車は乗れませんが)をまっていた。慌てて走って乗船券を購入何とか間に合いました。フェリーに乗ったのはいいのですが風もあって非常に寒い!でもせっかく来たのだから...ということでフェリーの最上階から恒例の記念撮影!です。(でも本当はすごく寒い!のでした。) | ||||||||
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| Liberty Island from Ferry 自由の女神の体内 17.Apr.2001 |
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| 船が到着するちょっと前から下船の準備をして(本当は寒くて甲板にいられなかっただけですが!TVの天気予報では今年は春が風を引いた!と言っていた。)せっかくここまできたのだから...。(絶対自由の女神に登ってやる...。はやく船を降りなくっちゃ!)でも船を降りても整理券を配っている様子は無し、みんなが小走りで走っていく方向に作者も走っていった。結局、自由の女神の台座下の博物館前に並んでいるようだ。日本人観光客に聞いてみたら整理券などない模様。やったー登れる!!2〜30分待っただろうかやっと女神に登れることとなったが頭部の冠に行くにはすべて階段!これが狭くて急な、らせん階段(↑の写真)ときている、おまけに混雑で大渋滞、ゼーゼー言いながら上まで登った。自由の女神の体内は鉄骨の骨組みに銅板(たぶん?)が固定してあるようでこれを200年以上前に作るのは結構大変だったのだろう。登り始めて約15分ぐらいやっと頭部の冠部分に到着した。しかーしとても狭いので写真を撮ろうにも三脚を開くわけにはいかず...。ちょうどそこにいた少年A君にシャッターを押してもらうこととした。ハイ!ポーズ。(おいおい、この写真どこで撮ってるのか判らないじゃないか!でもココは場所が狭すぎるのでしょがないのです。)今度は作者がA少年にシャッターを押しててやるといったのだが...(ー_ー )ノ" パスとのこと、どうも彼が手にしているカメラは壊れてしまったようで、振ったり、たたいたりしていたが結局ダーメ!(せっかくココまで登って来たのに!) | ||||||||
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| 自由の女神冠部分から外を?望む(撮影A少年)
A少年と壊れたカメラ(残念そう) 17.Apr.2001 |
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| 自由の女神は上り下りの階段は別々になっていて、帰りは別の階段でスイスイと下れた上りの渋滞は冠部分でみんなが記念撮影をするために発生しているのであった。上りのお客さんはかなりの長さの列となっていた。(本当に始発に乗れてラッキー!)ほか見るもののないし、マンハッタン島に戻ることとした。被写体の説明は不要と思いますが、今回私が撮ったBest Shootの写真を2枚紹介します。 | ||||||||
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| 撮影 COTAX T2 17.Apr.2001 | ||||||||
| 美しいマンハッタンの景色、しかし本日2001年9月11日10時頃(日本時間)真ん中に見える世界貿易ビル(ツインビル)がテロにより航空機が突っ込み、2つともビルが倒壊...信じられない!なんで!こんなことするの!全く関係ない人に迷惑をかけるのはヤメテほしい! |
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| ◇エンパイア ステートビル(17.Apr)◇ | ||||||||
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| 入場券 エレベーター待ち 展望台も大混雑 17.Apr.2001 | ||||||||
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| エンパイア ステートビル102階にて ロウアー(南)方向 17.apr.2001 | ||||||||
| 次はセントラル パークへ、と思って時計を見てみたら、なーんともう15時!これから行くと?!?!?ということは時間切ーれ。夜は大リーグメッツの試合を見なくっちゃいけなかったんだ。とりあえずいったんホテルに帰って買い物の品物をいったん置いても、16時半頃ホテル発できそう。そうしよう朝から立ちっぱなしだし、ビールでも飲んでリフレッシュ! |
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| ◇メッツの新庄を見てきま〜した(17.Apr)◇ | ||||||||
| N君からニューヨーク メッツの本拠地シェイスタジアムで行われる、4月17日モントリオールエキスポズの1塁側指定席チケットを2枚手していた。2枚のうち1枚を今回のツアーで一緒のIさん(女の子ではありませんでした(^○^)
アハハ)に事前に渡しておいた。しかしIさんは昼間ナイアガラの滝にオプションツアーに行くので帰りの時間は?...結局、別々に球場に向かうこととなった。事前にインターネットでシェイスタジアムへ行く手段を調べたら、「地下鉄で行こう」なるサイトが地下鉄を勧めていた。地下鉄一日券もあるので...ホテルの近くの49st.7Aveの駅からB→Times
Square駅乗り換えで7番の地下鉄に乗った。乗り換えの駅の地下道ではストリートミュージシャンや浮浪者の姿も...ニューヨークらしかった。7番の地下鉄は途中、地上に出て夕暮れのマンハッタン島が非常に美しかった。ニューヨーカーは幸せ?ものかも?。そんなことを考えているうちに電車は目的の駅(Queens
Willets Point / Shea Stadium)に到着した。目前にシェイスタジアムが姿を現した。 |
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| Queens Willets Point St. Shea Stadium Ticket 17.Apr.2001 | ||||||||
| 駅から球場までは5分も掛からずでとっても便利!地下鉄で来てヨカッタ!途中ダフ屋さんがいたが(どこも同じですネ!)チケットを持っていた作者は素通りして球場内へ、まず売店でメッツの帽子を購入にわか仕込みのメッツ ファンの出来上り!球場に入ってその大きさにびっくり!約5万5千人程度収容できるそうだが外野席がなーい!その分2、3階席の大きいこと、最も外野よりの最上階では双眼鏡なしではちょっとつらそう...!でも我々は1塁側1階席なのでOK!自分の席を探してウロウロしていると↓のようなおじさんが席案内をしてくれ、おまけに作者のイスを雑巾で拭いてくれるではないか!な、なんというサービスの良さ。でもしばらくして良く考えるとココはアメリカ、あああ〜あ〜!チップ忘れた!他の人たちは...当然チップを渡していた。ちょっとしてからおじさんにThank You !といって$1を渡した...。このおじさんは試合が始まるとスタンドのゲート付近にいて通路で立ち止まっている人たちを排除してくれた。通路に近い席の我々はおじさんのおかげで気持ちよく試合を観ることができた。 | ||||||||
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| 球場前のダフ屋さんたち 席案内のおじさん(チップを忘れないでネ!) 17.Apr.2001 |
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| 試合開始前、全員起立してエキスポズのカナダ、メッツのアメリカ国歌をホームベース付近にいる2人の歌手(名前は?)が伴奏もなしに歌った。その表情は大型スクリーンにも映し出され妙に決まっていてかっこいいのであった。日本の始球式に比べたら....雲泥の差!。 | ||||||||
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| カナダの国歌を歌う歌手 アメリカ国歌を歌う歌手(大型スクリーン) |
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| さて本題の野球観戦の前にまずビールを1杯、つまみは当然ホットドック。あっという間にたいらげて次のビール、またビールとあっという間に3杯を飲んでしまった。でも気温はとても寒く、トイレに何回も通う羽目となった。寒さは半端でなく、上着無しでは耐えられないほどだったが、運良く昼間買った上着が役に立った。 | ||||||||
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| スタンドで観戦する作者(寒い!) おなじみ新庄 背番号5 |
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| しばらくするとIさんが到着、一緒に観戦となったがIさんのオゴリでまたビールを1杯。さらに良い気分になって、トイレもさらにお盛んになってしまいました。この日、新庄の成績はは3打数1安打でまあまあの出来....去年まで関西の弱小球団にいたとは思えないぐらいの活躍。(阪神ファンの皆さんごめんなさい。)試合もメッツが4対0で勝って万歳!試合が終わり、ホテルまで地下鉄帰ろうとしたのですが7Times
Square42thまで来て乗り換えようとしたが待てど待てど目的の列車は来ず!しょうがないのでIさんと相談してタクシーでホテルまで帰った。もう今日はこれ以上ビールは飲めません!おやすみ!(∪。∪)。。。zzzZZ |
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| ◇アムトラックでフィラデルフィアへ(18.Apr)◇ 楽しかった一日はあっというまに過ぎ、翌日(18日)はアムトラックという高速電車で古都フィラデルフィアへ、ココは昔アメリカの国会議事堂(今は確かワシントンでは?)のあった場所。「自由の鐘」という有名な展示や馬車が市内を走る観光地。仕事は適当に、また例のごとくパチッ!作者がスーツ姿(一応、仕事もしましたので!)で写っている写真はフィラデルフィアの博物館の前から市内中心部方向を望んでいます。ここは映画ロッキーで主人公ロッキーが復活を掛けてトレーニングする場面のロケ地。判りにくいですが、作者者のすぐ後ろにロッキーがランニングしていた階段がありまーす。仕事と観光を終えるとまたアムトラックでニューヨークへとんぼ帰りとなった。帰りは同行者のほとんどが睡眠状態でした。 |
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| Amtrack Phladeipha 18.apr.2001 |
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| ◇Jazzの聖地Blue Noteへ(18.Apr)◇ |
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| ホテルに帰り、ニューヨークで最後の夜となったがやっぱり、初日のJazzクラブのことが残念で...。それならどこかへ行こう!そうだBlueNoteだ!「地球の歩き方」で電話番号を調べて部屋の電話で「モシモシ! (
・□・) ]〜〜〜〜[ (・o・ )今日のライブは何時から?。」「21時からと23時からです。」やった!間に合うゾ!。急いで明日の荷作りをして...せっかくだからデュークエリントンの「A列車で行こう」の真似をしてA地下鉄にわざわざ乗り換えていった。(方向は逆ですが)この曲は当時のミュージシャンたちが住んでいた地区からハーレム地区へ行こうという生活に密着した曲だそうだ。(今までそんなことは知らずに聞いていました。)A列車のWest
4th St.washington Square駅で降りたが、夜で真っ暗なのと地下鉄から出てきて方向感覚がおかしくなっていて、なかなか目的のBlueNoteを見つけられない。15分ぐらいが経過した。でもさっき通り過ぎたJazzと書いてある旗を立てた店があったがまさか、あんな店と違うよ!でも念のため、あ〜あ〜あ〜ああ!BlueNoteだ、\(^O^)/さっそく店内へ。店内に入ると店員さんに立ち見にするかディナーテーブルにするか?と尋ねられ...1人だし、いいや立ち見で!というと「今日のミュージシャンはナンシー
ウィルソンというとても素晴らしい女性歌手です。」と言われ$25を支払った。カウンター席を案内してもらい着席しビールを注文。その時バーテンのお兄さんに「お客さんあなたはラッキーです。とても美しい女性があなたの隣の方ですヨ!」といわれ、作者は「どんな人の隣だろう」とワクワク!していた。しばらくの間は席で1人だったので先ほどの支払いのことを考えていたら、むむっむ???$25安ーい!....ということはやっぱり初日オプションは食事が付いていたとはいえ、1万円はボッタクリーだったんだ。「やっぱりオプション
ツアーは自分で行くに限るネ!」と思った。少しすると美しいというよりグラマー、グラマーというよりちょっと....!(ココまでにしておきます。)その美しいといわれた女性が帰ってきた。やさしく挨拶してくれると思いきや、「あなたが座っている席は私の友人の席なの!彼女が来るまでならイイけど来たら代わってネ!」だって。ほかに席はないので本当に立ち見になるし...!。まあここに座らせてもらおう!。それから彼女は私に世間話をしてきたので貧弱な英語でなんとか会話をした。でも別にどうと言う事はなく「どこの国の人?」「ニューヨークは初めて?」程度だった。(当たり前ですが!)Lisa(名札を付けていたので判っただけです。)という店員さんに記念撮影のシャッターを押してもらった。出来上った写真をみて「けっこう.....な人と隣だったんだ。」今度は店内をバックに気取っているLisaさんをパチッ!。そんなことをしていたらビールもなくなり!「More
Beer!」ってバーテンのお兄ちゃんに言ったら、うちは1ドリンクのみ!と言われた。でも飲みたい!という顔をしていたら内緒でビールをもう1本くれたラッキー!「でもあんたがガセネタを教えたのだから!」とはいえませんでした。 . |
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| バーテンが美しいといっていた女性と作者 気取っていたLisa 18.Apr.2001 |
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| 演奏が始まった。( ̄□ ̄;)!!ウマイ!15日のビートル何とかとは全然違う!やっぱりオプションはダマされた。Nancyのボーカルも素晴らしい。感動してしまいました。あまりにうれしかったのでギフトショップでナンシーのCDやその他、自分へのお土産を買ってしましました。でも全部を合計しても15日とあまり変らないヨダ! お土産で一杯の買い物の紙袋をもって揚々とBlue Noteを後にし、地下鉄の駅に行き、次に来た電車に乗り込んだのは良かったのだが...。(゚◇゚)~ガーン方向が逆だった!仕方がないので次の駅で降りてUターンしようとしたがニューヨークの地下鉄はほとんどが1Wayで、逆方向に乗り換えるのには一旦駅の外に出て....まてよ!周りを見たら人通りがほとんどない!ヤバイ! (^-^; おまけに逆方向の駅入り口が見当たらない!どうしようタクシーで帰ろうか?そんなことをしているうちに駅入り口は見つかった。でも...。駅のホームにも人がほとんどいない!でも心配ご無用!駅のホームには改札口の駅員から見える位置に”Off Hour Waiting Area”という乗降客が少ない時間には安全な待合場所があったのでした。(無事帰って来れたので笑い話になりましたが!一歩間違えたら危険)最後にオチがつきましたがとてもよい記念になったBlue Noteでの一夜でした。日本でもNancy WilsonのCDは輸入盤で手に入りそうなので購入しようと考えています。 |
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| Nancy Wilson CDジャケット(ホンモノはもう少し?ふくよかデシタ!) |
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| ◇サンフランシスコへ(19.Apr)◇ | ||||||||
| 今日は朝8時のフライトの飛行機でサンフランシスコへ移動しなければならない。ホテルロビー集合はな、な、なんと5時!ほとんど寝る時間もなかったが無事遅刻することもなく集合できた。でもとっても眠い!バスに乗ってJFK空港へ、今日の移動は国内とはいえアメリカ大陸の最も東から西の間の移動でフライトも6時間ぐらい!ふぇー!やっぱりアメリカは大きい! お昼頃にサンフランシスコ着、滞在3日間と短いけど自由時間はガンバルぞ!空港からバスで市内観光。サンフランシスコは坂の町とてもアップダウンが多く、平地が少ない分家もみんな密集して建っている。あまりアメリカらしくない風景だ。まずサンフランシスコの市外が一望できるツイン ピークスという2こぶの丘に行った標高は約280m程度だがとてもよい景色、やはり気温は低く、かつ結構風があった。 |
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| SanFrancisco Twin Peaks 19.apr.2001 | ||||||||
| ゴールデン ゲート ブリッジへ、この橋は海風から橋を守るために6年ごとに塗装を塗り替えているそうだが1回の塗装に工期が6年掛かるので、いつも塗装工事をしているのだそうだ。サンフランシスコは霧の街としても有名だが作者が滞在している期間中は濃霧ということはなかった。ただし気温は低く、肌寒かった。 | ||||||||
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| Golden Gate Bridge 19.Apr.2001 | ||||||||
| 次にフィッシャーマンズ ワーフへいった。名物のボイルわたり蟹 ミ[
゜ ゜]ミ を立ち食いで食べた後、自由時間の21日のアルカトラス島への船の予約券を購入しようと船着場の券売所で尋ねてみたが、もう既に21日分は売り切れ!(ご存知とは思いますがアルカトラスはその昔、刑務所の島でアルカポネなど極悪犯が投獄された、脱走不可能とされた刑務所として有名。映画「ダーティーハリー」でサンフランシスコ市長が誘拐され、ハリーことクイント イーストウッドが助け出す最後のクライマックスのロケ地です。)。アルカトラスへ行きたかったのに! ホテル(またヒルトンです。)に到着し、休憩と荷物の整理をした後、ホテル付近の免税店へいった。ここにはアルカトラスへの船会社のオフィスがあるとのことで....。ダメもとでいってみた。お店の人に聞いてみるとなななんと!まだ券はあるとのこと!ただし11時半以降のもののみとのことで迷わず11時半の乗船券を購入した。やっぱりめんどくさがらずトライするとなんとかなるものである。 さて、今晩はツアーの同行の人、4人と夕食を共にすることとなった。場所はフィッシャーマンズ ワーフのレストラン!(昼間、蟹を食べたけど、夕食も蟹を食べることとなった。)ホテルフロントに集合、付近のPowell駅まで行って名物ケーブルカーに乗っていくこととなった。やはり有名なだけあって乗車まで20分ぐらいの待ち時間その間にもケーブルカーは駅で方向転換して続々と出発していった。ケーブルカーは地下に埋設されたケーブルをクリップと呼ばれるレバーで車台に固定し、ケーブルが動力で引っ張られているので動くことができるといった非常に原始的な乗り物で、下りはブレーキを掛けながら降りるので急坂では結構迫力もある。運転にはかなりの体力が必要でクリップマンと呼ばれる運転手さんはみんな筋肉マンばかりであった。 |
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| Alcatraz Island Cable Car 19.Apr.2001 |
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| 筋肉マン、方向転換作業中 運転席内のケーブルクリップ 19.Apr.2001 |
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| やっとケーブルカーに乗る順番がきた。醍醐味は立ち乗り!さっそくやってみることにした。対向のケーブルカーとすれ違うときの隙間はあまりないので、体がはみ出ていると車掌さんから怒られてしまいます。(実は作者は怒られてしまいました。)↓の写真は恐る恐る撮りました。さあフィッシャーマンズ ワーフに到着しました。こんどは立ち食いではなく、レストラン「Trantino's」へ白ワインとボイル蟹 ミ[
゜ ゜]ミ ...んー絶品!行った人は是非試してみてください。 |
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| Cable Carから ボイル蟹(絶品です!) 19.Apr.2001 | ||||||||
| お腹も一杯になったし、またケーブルカーで帰ることに、でも観光客が多く30分待ちになってしまいました。でも待った甲斐がありまして、夜のケーブルカーは楽しいです。(当然立ち乗りで!)帰りはPowellの一駅前で下車して高級ホテルThe
Westin St.Francisの1階のスポーツバーで乾杯をしてオヤスミ!でした。 |
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| ◇今日は仕事です!(20.Apr)◇ | ||||||||
| 仕事です。この日は珍しく午前中雨。サンフランシスコでの降雨は非常に珍しいとのこと。サンフランシスコからサンノゼまでバスで移動し仕事をしました。でもスタンフォード大学という有名私立大学も見学しました。サンノゼに行く途中にシリコンバレーがあり、有名な会社の本社が点在していた(↓はアドビ社)あとはハイウェーの車たちを撮影! | ||||||||
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| 雨のスタンフォード大学 Adobe社 ハイウェーのアメ車たち | ||||||||
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| Dodge Van(働き者) Dodge
Durango ハイウェーは渋滞! |
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| この夜はそろそろアメリカン食べ物に飽きてきたので西海岸最大の中華街で夕食としました。「地球の歩き方」で調べた喜福家というお店へ、ここは安くて美味しいとの記載で...。でもいってみると10人ぐらい店の前に並んでいるではないですか!お店の人に「何人」と聞かれ「1人だけ」と言ったらすぐに入れてもらえた。野菜の炒め物を頼み、??麺とかいてあったのでオーダーした。久しぶりにラーメンが食べられる!でも出てきたのは甘めの味付けの焼きうどん...。(そういえばラーメンは湯麺だった!)仕方がないので箸をもらって平らげる。そういえば箸を使うのも久しぶり!青島ビール2本と料理でお会計$22なり。お腹一杯だし、結構お安い!コレだったら列ができる店のはずだ!明日は終日自由時間、エンジョイするぞ!( ̄○ ̄)お( ̄◇ ̄)や( ̄o ̄)す( ̄ー ̄)ノみ |
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| ◇サンフランシスコの朝市(21.Apr)◇ | ||||||||
| 当然、自由行動の日は早朝から目が覚めた。( ̄0 ̄)お( ̄○ ̄)は( ̄0 ̄)よ( ̄O ̄)う。今日は土曜日なので朝市が開催されている。まず一日乗車券を購入して、ケーブルカーは混んでいるので地下鉄、バスを乗り継ぎ会場となるFerry Plaza Famer's Marketへ行った。ファーマーズということで魚はなかったが野菜、果物、肉・乳加工品など新鮮な農作物が手に入るので結構な賑わいをみせていた。作者は途中でトマトとチーズを購入。トマトはその場で食べてみたが美味しかったデス!チーズは今晩の酒の肴に!会場の片隅にはレストランシェフの朝食を楽しめるテント張りの厨房が出来上りシェフが忙しそうに調理していた。日本では見ることが出来ないバーベキュートレーラーでシュラスコが作られていた。いやは、やっぱりスケールが違う。お客さんは隣接の芝地で思い思いに朝食をとっていた。いい光景である。(ちょっと憧れますネ!) | ||||||||
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| Ferry Plaza Famer's Market 21.apr.2001 |
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| ◇アルカトラス島へ(21.Apr)◇ | ||||||||
| 急ぎ足で朝市を後にして、再びホテル付近へというのも周囲の高級ブランド品のお店は10時開店するのでそれまでに戻り、奥様へのお土産を購入。でも迷っているうちに時間は経ってしまい、気が付いたら11時頃になっていた。アルカトラスへの船の出発時間は11:30だったので、フィッシャーマンズ ワーフまで慌てて行こうとしたがケーブルカーは大混雑!仕方がないのでタクシーで向かった。ケーブルカーだと30分近く掛かる道のりもタクシーなら10分であっという間で到着。船乗り場へ、既に長蛇の列でも大丈夫乗船券は確保済み。乗船前に写真屋さんによる記念撮影(高いだろうけど後で買おう!)船に乗船、ここでツアー同行者(3名)と合流、お互いに写真の撮りっこをした。やっぱり今日も海の上は風が冷たかったが、昨日の雨の影響もなくいい天気。アルカトラス刑務所の入り口で日本語訳のICレコーダーとヘッドフォンを借りて所内を見学、作者もご多分にもれず独房内に投獄?され記念撮影!ついでにトイレでもう一枚! フィッシャーマンズワーフへ戻り、船着場近くのPia39にある「Pia Market」というレストランで昼食を食べた。お飲み物は当然ビールと思ったら、同行の皆さんはソフトドリンクだそうです。作者は遠慮なく「ビール」と叫んだ!このレストランはビールを注文のお客にお店特製グラス(中ジョッキぐらいの大きさ)をプレゼントしてくれる。でもビールのお値段も$8ぐらいと料金込みでちょっと割高!。 |
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| Ticket Alcatraz行き乗船場にて Alcatraz Island 21.Apr.2001 | ||||||||
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| Alcatraz Island 21.Apr.2001 |
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| ◇日本人街へ(21.Apr)◇ | ||||||||
| フィッシャーマンズ ワーフから日本人街に行くこととした。別に日本人街に行きたかった訳ではないが「地球の歩き方」に書いてあった「カブキ
ホット スプリング」という銭湯に行きたかった。日本を発って1週間あまりちょっと疲れがたまってきたのでお風呂につかりたい気分でいっぱいになったので....。15時すぎバスを乗り継ぎJapan
Townへ、あれ!妙に人が多いぞ!それもそのはず、偶然ですが「Cherry
Blossom Fastival 桜祭り」の期間中だった!日本建築の真似をしているのだろうが、ちょっと形のおかしい五重の塔や街の造りを見ながらウロウロ。出店も一杯。ラテンバンドの演奏(なぜラテンなのか判らないが?)お祭りは盛り上がっていた。 そういえば作者はお祭りを見に来たのではなく銭湯に来たのだった。「カブキ ホット スプリング」はすぐそこ。地図を頼りに歩いていくと、小さな入り口ではあるが目的地を発見した。玄関を入ると、数人の人たちが待っている。フロントの人に1人と言うと「今は6人待ちです!」とのこと「どのくらい待つの?」「I don't Know.」というのでしばし考えた。周りを見回すと待っている人たちは男ばっかりでみんなスキンヘッド、2人ずつおそろいのTシャツを着ている。待てよ、そういえばサンフランシスコに入った日に案内のガイドさんがバスの中でいっていた言葉を思い出した。「サンフランシスコは同性愛者の町です。」これは、ヤバ〜い!すぐに「No,Thank you!」といって店を出た。そういえば銭湯は同性同士で堂々と一緒に入れますよネ!もう体中の力が抜けてホテルへ直行した。その日は早朝からの行動と最後のショックで早々に寝てしまった。そういえば時差ぼけが治ってきたのだろうか。 (∪。∪)。。。zzzZZ |
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| Cherry Blossom Festival ここは日本人町 ちょっと変った五重の塔 |
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| お祭りは大賑わい お神輿? |
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| ラテンバンドも大盛況 カブキホットスプリング入り口(怪しい) |
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| 21.Apr.2001 |
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| ◇ラスベガスへ(22.Apr)◇ | ||||||||
| 今回の出張の目的はラスベガスの展示会を見学するためである。また飛行機。ちょっとうんざりしながらサンフランシスコからラスベガスへお昼ちょっと過ぎには到着、気温は一気に真夏のようになってしまった。市内を少し回り、今回もヒルトンホテルへここは展示会の開かれるラスベガス コンベンション センターのすぐ隣に位置する便利なところです。(でも遊ぶには町からちょっと離れた寂しいところ?)夕方からはセミナーなどがあり仕事!でもラスベガス、カジノはしっかりホテルにも完備。こんなところで真面目に展示会ができるからアメリカ人は大したものである。(でも今回の展示会の規模はアメリカ国内でも、ラスベガス以外に開催できる場所がないと聞いて納得。)ラスベガスのカジノでは写真撮影はご法度なのです。どんなVIPが遊んでいるか??のためだそうです。観光、賭博の街として規制や取締りが厳しく、以外や以外、非常に治安が良いのでーす。真夜中でも女の子の一人歩きもOKデス! | ||||||||
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| Las Vegas 22.Apr.2001 |
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| 本日の夜の部は当然カジノ、まずスロット マシン。成果はちょっと出たりして一進一退。日が変る0時ごろまで格闘したが、結局全部やられて数百ドルの赤字。(T-T) グスッ 明日からはまじめに仕事しようと心に誓った。 | ||||||||
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| Las Vegas Hilton |
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| ◇仕事仕事!(23.Apr)◇ | ||||||||
| 昨日の負けにより「真面目に仕事を」と誓う。展示会はラスベガスコンベンションセンターとサンズエキスポの2会場にわかれその間はバスで移動する。1つの会場だけでも幕張メッセの2倍ぐらいある。疲れるはずですね!その夜は某メーカー主催のレセプションへ。帰りにトレジャーアイランドのショーを見て、ホテルに着いたら0時を過ぎていて、バタン! (-_-).。oOO ぐぅぐぅ・。・。・。 |
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| Las Vegas Convension Center
Sans Expo Center |
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| ◇昼は真面目に夜は??(24.Apr)◇ | ||||||||
| 今夜はローリーズというステーキの美味しいお店へご招待。日本人30人ぐらいで食事をしたがとてもおいしいステーキでした。もう一度行ってみたいです。(Uさんありがとう!) ご招待の食事が済んだら、ダウンタウンへオプション?ツアー。アーケードのショーを見学の後、スロット勝負となった。しばらくすると出るは出るは!両替のおばちゃんにチップを渡しても一昨日の負けが帰ってきました。一緒に行った人はみんなダメのようでしたが。(皆さんも、ホテルのカジノはNGデス。勝負はダウンタウンで!) |
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| すっかり元気を取り戻した作者は、アメリカ西部で最も高いストラトスフィア タワーへ上りラスベガスの夜景を、砂漠に広がる”眠らない町”とてもきれいでした。塔の上で1セントコインを機械でつぶして→。アメリカって貨幣を変形させても罪にならないのでした。(そういえばエンパイア ステートビルでも同じ機械があった。しまった、あそこでもコインつぶしをしておけば良かった。) | ![]() |
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| さて、時間は12時を過ぎている。次はというとストリップ小屋へ行くこととなり。直行!あっというまに時間は2時をすぎホテルへ、まだホテルのカジノでは勝負をしている人がいた。さすが眠らない町とても手ごわいでも作者は耐え切れず。(∪。∪)。。。zzzZZ |
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| ◇不覚!ラスベガス最終日(25.Apr)◇ | ||||||||
| 朝、まじめに起きて仕事をしたが眠〜い!結局、最終日なのに不覚にも夜はダウンしてしまった!(∪。∪)。。。zzzZZ |
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| ◇ラスベガスから日本へ(26-27.Apr)◇ | ||||||||
| ラスベガスを後にする日がきた。少し名残惜しいが荷物をまとめてホテルを出発し、空港へサンフランシスコで乗り換え成田に行くのである。しかし、濃霧のためサンフランシスコに飛び立てなくなり足止め。1時間半以上待ってやっと出発、サンフランシスコで乗り換え可能かギリギリになってしまった。サンフランシスコ空港では国際線と国内線は離れていて走っての移動となった。我々、乗り換えの乗客は乗機完了し無事出発した。 また、長い長いフライトの後、成田へ到着。名古屋行きのフライトまで約3時間待ちとなったが、他の人とはお別れし、Iさんと2人で待つこととなった。久しぶりに麺類が食べたくなって売店のうどんを食べたが”美味しい”と感じてしまった。(機内食などで食べていたのに不思議ですネ?)成田から名古屋まではものの45分、無事着いてホッとしたつかの間、今度は手荷物が....。作者のは来たのだが、Iさんの荷物は結局出てこなかった。サンフランシスコで荷物を載せかえられなかったようである。Iさんは翌日名古屋空港まで荷物を引き取りに行ったそうです。(空港から遠いので自分でなくて良かった。!)後日ツアーの皆さんに聞いてみたら6割ぐらいの人が当日荷物を受け取れなかったようであった。 約2週間という長期間にわたる出張であったが、自分にとって始めてのことばかりであって戸惑ったり、勉強させてもらったり、今後の人生に役立つ?だろう。また機会があれば今回の旅の軌跡を訪れてみたい。 |
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| 16.Sep.2001 Kazu | ||||||||